2018年6月11日 (月)

西郷どん

NHKの大河ドラマて西郷どんを見ていたわけですが、来週は寺田屋騒動とのことです。寺田屋事件は2回あって、ひとつは薩摩藩同士の斬り合い、そして坂本龍馬が襲撃され命からがら逃げた事件であります。
池田屋事件、近江屋事件とか幕末にはこの手の物騒な事件が多く起こっているわけです。今回の寺田屋騒動で、西郷はまた島流しになってしまう?ここから西郷がいかに歴史の中心に戻ってくるのか、それが今後の大河の見所なんですかね。知ってるようで、知らない西郷、ひょっとして歴史の中心にいる時間は短かったのかもされませんね。

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2018年5月23日 (水)

雑感W杯

Jリーグも中断期間に入り、W杯モードに突入という事のようですが、西野ジャパンはいまいち盛り上がらず。直前にハリルホジッチから監督交代てまどのような結果が出てくるか、注目されるところですが、期待出来ないというのが本心です。
ただ、南アフリカ代表で全く期待されていななった岡田ジャパンの例もあるので、まああまり期待はしないが、全く興味がなくて黙殺はしないようにしましょう。まあ、戦略的には徹底した守備的に行く事しかないでしょうな。攻めはなんかの拍子に偶然に点が入る、そや虎の子一点を死守する、そんな戦い方しか思い浮かばない。ほどほどにテレビ観戦を楽しむ事にします。

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2018年5月18日 (金)

浦和出勤

今日は月一の浦和への出勤であります。しかも、大名出勤で楽々。多分今日一日はやる事はないと思われます。昼飯は何処で食べるか思案中です。まあ、こんな日があってもいいじゃない!

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2018年5月16日 (水)

シェアハウス投資

スルガ銀行のシェアハウス融資問題ですが、凄い事になっていますね。不動産業者と組んで一般サラリーマン向けに、1億円以上の購入資金を融資する、普通の常識では考えられません。
被害者は千人超で、融資総額2000億円以上でスルガ銀行の個人向け融資の2割以上にあたる、更に審査の過程で組織くるみの改ざんが行われていた。やあ、凄い事ですね。スルガ銀行は、利益を上げるために他の銀行ではやらない、リスクの高い融資を積極的に行い、利益を上げていた。ゼロ金利の元では、普通に融資するだけではなかなか利益が上がらない情勢になっており、メガバンクは国内業務縮小で海外で稼ぐビジネスモデルになって来ている。スルガ銀行は、リスクをとって収益を上げるビジネスモデルで他とは違う経営をしていた。結局、それも行き詰まりと言う事でしょうか。出る杭は打たれる、だけどその過程で不正融資をしていたのでは何をかいわんやてますね。
スルガ銀行杯とかあり、Jリーグにもスポンサーになっていたわけですが、冠大会はどうなるでしょうか。普通に考えれば撤退でしょうな。他と違う事をやるのは大変な事ですが、そこには何らかの無理が働いてくる。そこを見分ける目を持たんといかんと言う事でしょうかな。

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2018年4月 9日 (月)

今日から転勤です

今日から浦和から埼玉北部地域に転勤になりました。浦和通勤ですと電車が、混んでおり朝ブログを投稿する事は出来ませんでした。しかし、今日からは通勤に時間がかかるのでブログ投稿の時間もたっぷりとありますので、ゆるゆると投稿していきたいと思います。
さて、土曜日の仙台戦ですが、大槻暫定監督に代わり何とか勝利をもぎ取ったと言う試合展開で、内容的にもピリッとしないものがありましたが、内容よりも結果、久しぶりに勝ち点3を取れた事は良かったと思います。大槻暫定監督の強面が注目されてしまいましたね。オールバックで、アウトレイジ大槻という感じで、お亡くなりになられた大杉漣さんに代わり北野監督映画に出演されても良い面構えでした。暫定監督という事なので後日正式監督が決まるまでの間ですが、まあその面構えでチームを引っ張って行って欲しいものです。
そのうちに、今日JFAが緊急記者会見を開くというニュースが入って来ました。ホジホジの電撃解任のようなのですが、この時期に監督交代はどうなのか少し心配です。10年の南アフリカ大会、直前まで全然調子が上がらずに、全く期待されていなかった岡田ジャパンですが、本大会で守備重視の戦術に切り替え、これが当たり予選を通過しました。どなたが監督になるのか良く分かりませんが、やっぱ守備的なチームを作り上げていくしかないのでしょうか。
前回大会では、ザッケローニは4年かけてチームを作り上げ、パスサッカーを志向して、結構良いチームが仕上がったかなと思いましたが、結果はチームは煮詰まり状態で、結果は予選で惨敗でした。また、ドイツ大会のジーコジャパンも中田、伸二、中村らの黄金世代が一番油の乗った世代で期待されていましたが、これも予選で惨敗。結果からすれば、悪いのと良いのが交代してくる、それからすれば今回は全然期待されていないので、良い成績を残す順番なのですが。
岡田ジャパンが単に運が良かっただけなのか、それは今回の戦い方で決まってくる。しかしですな、その当時に比べると、世界的にレベルアップ、上位ランクのチームはもちろんランクの低いチームもレベルを上げた来ていますので、10年の南アフリカ大会とは違う。日本は世界的なレベルアップからは遅れてしまっている。欧州に出て行く選手は多くなりましたが、この辺の克服が日本のサッカー会の将来に関わってくる事になってくるのでしょうか。

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2018年1月17日 (水)

阪神大震災から23年

阪神大震災から、はや23年が過ぎました。東日本大震災は発生してもこの経験は決して風化していません、何故かというと、私自身が阪神大震災の被災者だったからです。。
 何故か、私も神戸には何の縁もゆかりも無かったのですが、リーマンの悲しいサガ。転勤を命じられ、神戸勤務しているさなか地震に遭遇してしまいました。 神戸勤務の間は、全くといっていいほどJには興味はありませんでした。さて、95年1月17日は、3連休明けだったと思います。前々日は、のんびりと吉川カントリーでゴルフをしていました。帰りの中国自動車道で夕焼けの色が、おかしいとかそんな会話をしていました。しかし、あんな地震が襲ってくる予兆なのかなとは、夢にも思いもよりませんでした。
 17日の午前5時46分に地震はやってきました。当時、私は兵庫県伊丹市の社宅に住んでいました。地震が起こった時は、当然寝ていましたが、気がついたのは音でした。ものすごい地鳴りが襲ってきて、その後物凄い揺れに襲われました。伊丹の社宅でしたので、最初は飛行機が墜落したのかなと思いました。その後は、何がなにか全くわからなくなりました。揺れがおさまって、一段落したところで、これは地震だったのだなとようやく気ずきました。
 しかし、しがないリーマンとしては、会社のことが心配でした。テレビを見ると、神戸市内は火事で大変なことになっておるようです。当然電車等の公共機関は止まっていたので、自家用車で神戸を目指しました。まずは、伊丹から南下して湾岸沿いのR43号を目指しました。R43号で武庫川をわたりましたが、R43号は通行不能になり、また北へ下りR2号をめざす。R43号を通行できなくなったのは当然ですよね、だって、そう上を高架で走っている阪神高速が倒壊してしまったから。後で現場を見ましたが、不謹慎ですが笑いしか起きませんでした。だって、誰が高速道路が倒壊することなど、想像できましたか? R2号も西宮を過ぎると、夙川あたりで動かなくなってしまい、一路さらに北へ。六麓荘あたりをとおり(六甲山の麓あたりは岩盤がしっかりしているようで、被害はあまり無かったようです)、なんとか元町のオフィスの到着したのは、3時ごろ。当然オフィスに到着してもやることは、何も無し。当日は、これにて解散。
 それからが、地獄でした。神戸から大阪方面へ移動できる道路はR2号だけで、そこに神戸を脱出する車が集中。翌日の朝になっても、芦屋川あたり。ガソリンを無くなってきてしまい、どうしよもなく中央分離帯の芝生地帯に車を乗り捨てることに。阪急が、西宮北口まで運転を再開したとのことで、約8キロくらい、歩って2時間くらいの距離を移動する。伊丹の社宅にたどりついたのは、翌日の午後5時でした。

 

 その教訓として、あのくらいの大地震が起こったら、会社に行くなんてことを考えたら駄目。まずは、家族の安全を確保して、次は地域の方々の安全の確保です。無理して、会社にいっても何もすることはありません。無理して、出勤して2次災害に遭遇する可能性もあります。絶対に無理はしてはいけません。
 また家族とも、災害が起こった時の対応について決めておく必要はありますね。当時は、携帯の出始めで固定電話も通じないが携帯は通じたという事象はおこった。携帯は、比較的楽に連絡とれた記憶がおります。しかし、現在ではそうもいかんでしょう、正月のハッピーニューイヤーで通じなくなってしまうくらいだから。
 とにかく、1社会人として、何をなさなくてはならないか。これを行動の基準にしておくべきです。会社に行くより、地域で災害にあい、救出を求めている人がいたら、まずは救出を最優先するべきです。それと、家族は一番大事にするべきです。あのような大災害が起こったら、絶対に会社なんかに出勤したらダメです。2次災害にあう危険もあるわけですから。実家の母親とは12時間近く連絡がとれず、その時のことは今でも責められます。またあの地震が2時間後だったらと思うとぞっとします。2時間後は通勤で三宮駅周辺にいましたので、まず命は無かったでしょう。

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2017年4月11日 (火)

ユーザー車検に行って来た

車を買い替えて3年が経過し、初めての車検がやってきました。ディーラーから車検の見積もりをとるとクオカードをくれるというので、お願いしてみたら、¥128,000とかとんでもない見積もりを出してきました。年間走行距離も4,000km、最初の車検だし、そんなに整備するとこもないだろうと思い、ユーザー車検に挑戦してみました。
 まずは、車検場の予約を取る必要があり、国交省の自動車検査予約システム なるサイトから予約を取る必要があります。2週間前から、24時間いつでも予約をとれるシステムのようです。24時間予約が取れるイオ言うのがくせものですね。私は、希望日の2週間前の応当日の10時ごろにサイトに行ったら既に、さいたま市の埼玉自動車事務所は予約ですでに満杯、春日部も満杯、しかたないので、取り敢えず熊谷に予約をいれました。ただし、キャンセルが出るようなので、サイトをチェックしていると、前日に埼玉の朝一番の枠にキャンセルがあったので、予約を変更することが出来ました。
費用は自賠責保険が¥25,830で、これは前もって代理店で加入、当日は、重量税¥24,600、審査証紙¥1,300、検査登録印紙¥400、合計で¥52,130ですみました。
埼玉自動車事務所では、まずは事務所C棟にて、必要書類と印紙を購入します、書類を記入後、A棟の5番窓口がユーザー車検の窓口になりますので、予約番号を言い、書類のチェックを受けると、検査場の何番のラインに並ぶか指示されます。ユーザー車検で検査に慣れていない人は、前もって見学することもできます。ただし、検査の際、不慣れであることを申告すれば、係員が立ち会ってくれます。
ラインに並ぶと、最初は外観、ランプのチェック、ワイパーウォシャー液のチェックとかそんなものをチャックする。次は方滑り、ブレーキのチェック。検査台にのり、時速40kmまでスピードアップする、そして、最後は排気のチェック、下回りnチェックということで、何もなければ10分もあれば済んでしまう。
最後は検査官にチェック表に異常ないことを確認してもらい、事務所A棟の5番窓口でチェックを受けて、隣の6番窓口にホチキスでとめて亭主すると、当たらい車検証とシールが交付されるという仕組みで、ものの1時間たらずで終了してしまいました。
書類の記入して提出まで少し手間取りましたが、後はいたって楽です。

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2017年1月17日 (火)

阪神大震災から22年

阪神大震災から、はや22年が過ぎました。東日本大震災は発生してもこの経験は決して風化していません、何故かというと、私自身が阪神大震災の被災者だったからです。。
 何故か、私も神戸には何の縁もゆかりも無かったのですが、リーマンの悲しいサガ。転勤を命じられ、神戸勤務しているさなか地震に遭遇してしまいました。 神戸勤務の間は、全くといっていいほどJには興味はありませんでした。さて、95年1月17日は、3連休明けだったと思います。前々日は、のんびりと吉川カントリーでゴルフをしていました。帰りの中国自動車道で夕焼けの色が、おかしいとかそんな会話をしていました。しかし、あんな地震が襲ってくる予兆なのかなとは、夢にも思いもよりませんでした。
 17日の午前5時46分に地震はやってきました。当時、私は兵庫県伊丹市の社宅に住んでいました。地震が起こった時は、当然寝ていましたが、気がついたのは音でした。ものすごい地鳴りが襲ってきて、その後物凄い揺れに襲われました。伊丹の社宅でしたので、最初は飛行機が墜落したのかなと思いました。その後は、何がなにか全くわからなくなりました。揺れがおさまって、一段落したところで、これは地震だったのだなとようやく気ずきました。
 しかし、しがないリーマンとしては、会社のことが心配でした。テレビを見ると、神戸市内は火事で大変なことになっておるようです。当然電車等の公共機関は止まっていたので、自家用車で神戸を目指しました。まずは、伊丹から南下して湾岸沿いのR43号を目指しました。R43号で武庫川をわたりましたが、R43号は通行不能になり、また北へ下りR2号をめざす。R43号を通行できなくなったのは当然ですよね、だって、そう上を高架で走っている阪神高速が倒壊してしまったから。後で現場を見ましたが、不謹慎ですが笑いしか起きませんでした。だって、誰が高速道路が倒壊することなど、想像できましたか? R2号も西宮を過ぎると、夙川あたりで動かなくなってしまい、一路さらに北へ。六麓荘あたりをとおり(六甲山の麓あたりは岩盤がしっかりしているようで、被害はあまり無かったようです)、なんとか元町のオフィスの到着したのは、3時ごろ。当然オフィスに到着してもやることは、何も無し。当日は、これにて解散。
 それからが、地獄でした。神戸かた大阪方面へ移動できる道路はR2号だけで、そこに神戸を脱出する車が集中。翌日の朝になっても、芦屋川あたり。ガソリンを無くなってきてしまい、どうしよもなく中央分離帯の芝生地帯に車を乗り捨てることに。阪急が、西宮北口まで運転を再開したとのことで、約8キロくらい、歩って2時間くらいの距離を移動する。伊丹の社宅にたどりついたのは、翌日の午後5時でした。

 その教訓として、あのくらいの大地震が起こったら、会社に行くなんてことを考えたら駄目。まずは、家族の安全を確保して、次は地域の方々の安全の確保です。無理して、会社にいっても何もすることはありません。無理して、出勤して2次災害に遭遇する可能性もあります。絶対に無理はしてはいけません。
 また家族とも、災害が起こった時の対応について決めておく必要はありますね。当時は、携帯の出始めで固定電話も通じないが携帯は通じたという事象はおこった。携帯は、比較的楽に連絡とれた記憶がおります。しかし、現在ではそうもいかんでしょう、正月のハッピーニューイヤーで通じなくなってしまうくらいだから。
 とにかく、1社会人として、何をなさなくてはならないか。これを行動の基準にしておくべきです。会社に行くより、地域で災害にあい、救出を求めている人がいたら、まずは救出を最優先するべきです。それと、家族は一番大事にするべきです。あのような大災害が起こったら、絶対に会社なんかに出勤したらダメです。2次災害にあう危険もあるわけですから。実家の母親とは12時間近く連絡がとれず、その時のことは今でも責められます。またあの地震が2時間後だったらと思うとぞっとします。2時間後は通勤で三宮駅周辺にいましたので、まず命は無かったでしょう。

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2017年1月15日 (日)

e-taxの準備をする

 今週は少し余裕があったため、久ぶりにブログ更新とe-taxの事前準備をしてみました、今年は、いつもの医療費控除と息子の国民年金の保険料を支払ったが年末調整忘れてしまいましたので、それを申告します。1年前のことだから、いつも最初に手間取るので、今回はその備忘録ということで。
 今年から、申告にはマイナンバーが必要になるということですが、住基カードも有効期間内であれば使用可能なので、今回は住基カードで行います。次回は期限が来るので、マイナンバーカードに切り替えの必要が出てくるようですね。
まずは、国税庁HPの画定申告コーナーにとんで、そこで事前準備のセットアップが必要、事前準備のファイルはその年ごとのファイルが必要となる。WIN10を使っている場合は、ブラウザーはedgeではダメなので、IEで操作必要がある。ファイルをダウンロードする場合は、IEを閉じてから行う。
 次は、公的個人認証サービス利用者クライアントソフト(JPKI利用者ソフト)の確認。これは一度インストールしてあればそれがそのまま使えるので、立ちあげる。ここで、カードリーダーを接続して、有効期限内であることが認証されることを確認する。カードリーダー自体が立ち上がらければ、カードリーダーのメーカーのサイトに行って、最新バージョンのソフトがダウンロードされているか確認をする。suica等は認識されるが、住基カードのみが認識されないということであれば、住基カードカードは回りの電子機器の磁気の影響を受けやすいようなので、影響を受けにくい場所に移動してみてください。これで大抵のトラブルには対応できるものと思います。

以上どうぞご参考にしてみてください。


 

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2016年8月15日 (月)

キッチンの戸棚を補修した

我が家のキッチンの戸が壊れ、洗い場に上から落ちて来ました。戸棚の蝶番が壊れたらしいのですな。
こういう場合は、ドイト、日曜大工で自分で直すのが我が家の常であります。こういう場合はまずはセキチューへ行きます。セキチュー上尾店はこういう部品の品揃えが、半端ない。358円でありました。
しかし、サイズが微妙に合わないが合わないのですが(^_^)、何とか設置完了です。
浴室の目地補修、ウォシュレットの付け替え、我ながらよくやってると思います。

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