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2013年1月12日 (土)

奥寺康彦

昨日のGGRの裏で奥寺の特集をやっていました。奥寺と言えば、日本サッカー暗黒時代にブンデスリーガに移籍して、ケルン→ブレーメンと在籍し、活躍した。
あの時代に世界最高峰のブンデスリーガに日本人プレイヤーが移籍する事じたいあり得ないことで、なおかつ奥寺はチームの中心選手として活躍した事がまたも驚異的なことでした。
奥寺はまずはバイスバイラーとの出会いがあったからこそで、本人も世界最高峰のブンデスリーガでカツヤクなどできるわけないと思っていたわけで、そこでバイスバイラーの熱心な勧誘がなければ移籍などあり得なかった。移籍当初は左サイドのFWとして、だがなかなか結果は出ない。しかし、そこはバイスバイラーが辛抱強く起用し続けた結果、そのシーズンのケルンのリーグ優勝に大いに貢献する中心選手にまで成長した。
ところが、奥寺の恩師でもあるバイスバイラーがニューヨークコスモスに移籍すると、試合に出場するチャンスが与えられなくなり、次第に輝きを失う。
そこであったのが2度目の名将との出会い、ブレーメンの監督だったレーハーゲルにより移籍を勧誘され、FWから左サイドのDFとしての才能を見いだされる。サッカーの戦術の流れとして、全員攻撃全員守備、現在のサッカーの戦術をレーハーゲルは取り入れ、奥寺に左DFとしての才能を見事発揮していった。海外で成功した日本人第一号となった。
奥寺にとって幸運だったのは、バイスバイラー、レーハーゲルといった名将と出逢ったこと、あとは本人の努力でブンデスリーガに溶け込んでいったと思う。ケルン時代の後輩でもあるリトバルスキーをして、五人しかいない親友の1人と言わしめた。その後、リトバルスキーがJリーグまで移籍してきたのは奥寺からの願いがあったからにほかならない。

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