2019年2月18日 (月)

ゼロックス杯川崎戦

今シーズンの、開幕になるわけですが相手は昨シーズンの川崎ですので厳しい戦いになる事は予想できたのですが、結果はまあまあながら内容的には圧倒されてしまいました。
キャンプで、織部は最終日のみしか試合は設定していない為、チームとしてのコンビネーションに不安があったわけですが、沖縄SV戦での課題は解消されていないと言うか、全く改善されていない。興梠ー杉本の2トップですが、どうしても2人のコンビネーションが取れていない。杉本が起点になるように盛んにボールを受けようとするのですが、杉本にボールが入った時の興梠の位置が良くない、興梠はファーでポジションを取る事多くて、2人が絡んだのは杉本が興梠の、かかとを蹴った場面くらい?全く沖縄からの改善は見られてませんでした。
この日は、長澤なり橋岡がフォローに入るのですが、川崎の素早い寄せでなかなか効果的な攻めが出来ず。
守備は、中はしっかり固めて結果すれば川崎の、得点を1点のみに抑えたが、オフサイドになったが、ゴールネットを揺らされる場面は2度ありましたが、完全に川崎に崩されていましたね。この辺はさすが川崎という事なのでしょうが、守備は昨シーズンからやっている事が継続されている安心感はありました。
山中は後半から入り、試合の流れを変えてくれる事を期待したが、そこまでこの時点で期待のは厳しいか。
ただ、JリーグだけでなくACLも並行して戦っていく事を考えると、ACLは緻密なコンビネーションより、守備を固めて力づくで戦っていく事を考えると、現状ではまあこんなものなのしょうか。武藤、青木、ファブリシオが戻ってくれば、また違う戦い方も出来るでしょうが、いま少しの辛抱が必要かもしれません。

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2019年2月14日 (木)

沖縄に行ってきた2019




この時期になると国内旅行をするというのが我が家の習わしとなっています。飛行機、ホテルにしても、閑散期ですので料金がぐっと安くなる。ただ春節の時期と重なると中国人が多くなるという難点もあるのですが。
今年も去年に続いて沖縄旅行に行って来ました。沖縄県金武町で浦和がキャンプをはっているので、その見学を兼ねてという事です。料金日程は、LCCを使い2泊3日、初日は那覇市内のホテルに泊まり、2泊目はリゾートホテルに泊まる。そんな日程で行って来ました。
初日は、まずは成田から安定のジェットスターで那覇まで、午後からの出発でしたが、出発が1時間超遅れしまい、那覇空港に着いたのは20時少し前、この日はホテルに直行し、アメリカンステーキで夕食を済ませて、後は寝るだけでした。
2日目は、ホテル近くでレンタカーを借りて、観光地化巡りというスケジュール、浦和のキャンプが最終日かつトレーニングマッチも開催されるという事なので、まずは金武町フットボールセンターに行くことに。金武町には1時間弱で到してしまい、11時の試合開始には1時間以上の待ち時間がありました。私達の到着時は駐車場も閑散としていたしたが、選手バス到着、ウォーミングアップが開始される頃には満車状態になりました。去年の東風平サッカー場に比べると、こちらの方が設備が良さそうな感じでした。そうこうしているうちに、高原がオーナー兼監督兼キャプテンを務める沖縄SVとのトレーニングマッチが開始されました。トレーニングマッチの内容については、こちらをご覧になって下さい。
雨が降ったり止んだりしていましたが、トレーニングマッチが終わる頃には日が差して来ました。金武町で沖縄そばでググってみると、並松食堂というのが出てきましたので、そこで沖縄そばを頂きました。
この後は、万座毛を観光して、といっても万座毛ってただの崖?本日の宿になるリゾートホテルへ到着。美ら海水族館を4時から入館、料金は500円位安くなります。夕食は何にするかと、ネットでググってみると、やっぱアメリカンステーキがコストパフォーマンスが良さそうなので、またしてもステーキを頂きました。この日はぐったりでそのまま就寝になりました。
3日目は、関東では大雪の予報で帰りの飛行機は大丈夫かななんて軽い気持ちで、観光に出る。海洋博公園を散策した後、レンタカーで今帰仁城跡、古宇利島へ行き、オーシャンタワーに入ろうとした時に、事件は起こりました。メールが入ったので何気なく覗きこむと、何と本日の帰りの飛行機は欠航のお知らせが入りました。その後は、とてもじゃない観光になりませんでした。
悪い事に古宇利島は電波状況が悪くネットになかなか繋がりません。名護までレンタカーを走らせて今後の対応を必死で調べる。ジェットスターからは、翌々日の朝一の便での振替の連絡が来ました。しかし後2泊も沖縄にとどまるつもりはありません、というか翌々日も、関東の天気予報では雪、また欠航になるというリスクは取りたくなかったので調べると、成田まで車で来たので成田へ帰るしかない。
JAL.ANAは金額で全然お話にならない、それは3連休の初日だからしょうがない。バニラエアを調べると、翌日の午後の便が空いていましたので予約しました。2人で30000円なりです。
そして次はホテルの予約、アパホテルに電話してみると、空いているが一泊32000円とのことで残念ながら見送り。楽天トラベルを調べると、県庁前のホテルに空きがあり、素泊りで11000円で何とか予約する。そのホテルに15時にチェックインして、ちょっとポケモンGOをして、サニーゴを無事ゲット!そして国際通りを散策して、性懲りも無くまた晩飯はステーキと言う事にあいなりました。
翌日は、よく分からないコーヒー頼めばモーニングついてくるという名古屋みたいな喫茶店で朝飯を食べて、性懲りも無くポケモンGOでパルキアレイドをすると、なんとそのジムはEXレイド対象ジムで、なんとEXレイドパスがあとから届きました。しょうもない話ですね。バニラエアの乗り場は倉庫みたいなところでした。

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2019年2月 8日 (金)

速報TM沖縄SV戦




沖縄旅行中に浦和のTMに行って来ました。会場は金武フットボールセンター、金武と書いて(きん)と読むそうです。レンタカーのカーナビに何と入力していいか、沖縄の地名はほんとに難しい。あいにくの雨ですが、TMが始まる頃には日が差して来ました。
前半、浦和のフォーメーションは
FWー興梠、杉本
MFー柏木、長澤、エベルトン、宇賀神、橋岡
DFー槙野、マウリシオ、岩波
GKー西川
織部は、4バックを志向しているようですが、まだ熟成していないので、去年まで慣れ親しんだ、3-5-2で臨む。注目は、新加入の杉本がどれだけチームにフィットしているか、興梠とのコンビネーションなのですが、それについては試合開始から、2人のコンビネーションはイマイチ、杉本は盛んに前線での起点となる動きをするのですが、周りとの呼吸は合わない。特に興梠とはさっぱりで、杉本がボールを持つと興梠は明後日の方向で杉本が孤立という場面が目立ちました。
盛んに前線からボールを奪いにいく戦法は、チームの決め事の様に思えました。ボールを奪った後の切り替えも素早い、しかし、逆にボールを奪われた後、カウンター気味に攻められると、これはいけない。人は足りているのですが、厳しく当たる選手がいない、ボールウォッチャーになっているのですな。
先制される前も、CKからバイタルがすかすかで際どいシュートを打たれる。橋岡判断ミスから右サイドを突破され、そこからのクロスに槙野がオウンゴール。つかのま、エベルトンがファール気味なプレーでボールを失うと、ボールウォッチャーとなり、左サイドを突破されてシュートを決められる。ここまでは良いところなし。
エベルトンがさかんにボールを捌くが鋭い縦パスは入らず。柏木が下りてきてボール捌くが周りとはイマイチ。右の橋岡が杉本、柏木から盛んに叱咤される。DFラインからの、縦パスやサイドチェンジのパスが入らない。
前半終了間際に、杉本→興梠のコンビネーションからようやく1点返す。杉本からの決定機を、長澤はシュートを決められず。
後半、浦和のフォーメーションは
FWーナバウト
MFーマルチノス、汰木、山中、岩武、直輝、柴戸
DFー鈴木、阿部、森脇
GKー福島
2本目の選手の、まず意気込みが違いましたな。動きが良く、プレーも非常に厳しい。特に、山中が非常に良かったですね。汰木とのコンビネーションで、左サイドを抉り可能性のクロスを再三送る。後、鈴木もそこに絡んできて左サイドからの攻撃でチームが活性化しました。
左サイドからのプレーで直輝がキープして、右の岩武が決めて同点。山中の素晴らしいプレーから直輝が決めて同点。コンビプレーからのナバウト中央突破、マルチノスの逆サイドパスからの汰木の決定機、などがあり、直輝の代わりに入った萩原が中央突破から倒されPKゲット、ナバウトが決める。その後も、山中→マルチノス、汰木キープから山中経由のシュートとか惜しい場面が続いたが、萩原が弾丸ミドルを決めて5点目となりました。
ここでおしっこご我慢出来ずに離脱、そしてその後はファンサに並びました。今日の結果を見ると、競争は激しくなってきており、その影響で2本目の選手の動きが良い。今日は出ていない、武藤、ファブリシオ、青木とかいるわけで、選手層は相当厚くなりましたね。
ファンサもひと通りやってもらいました!阿部ちゃんからは、ステッカーもらいました。
相変わらず、直輝とマルちゃんは神対応でした。これも、キャンプを見に行く楽しみですね。

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2019年1月30日 (水)

代表アジア杯イラン戦

見事な勝利でしたね。守りを固めてくる相手に苦戦し、サウジアラビア選手では圧倒的にボールをキープされながら、締めるべき所はきっちりと守る。そしてアジア最強のイランとの対戦、まあこういうチームの方が戦いやすいのかもしれませんね。
前半はいつもの権田のミスから危ない場面を作られた、それこらイランのペースになったがじっと耐えるべき所は耐える。後半に入ると日本もペースを上げ、せんせい点のとこでは、イランの選手5人がセルフジャッジしているすきを南野、大迫は見逃さずきっちりと大迫はへっどを決めた。2点目のPKも判定は微妙だか、大迫が落ち着いて決めた。これでイランはがっくりで3点目は原口が南野とのボール交換から見事なドリブルシュートを決めた。
終わってみれば完勝でしたが、内容は紙一重、イランが権田のミスのとこで先制していれば、違った結果が出たかも知れない。イランのアズムンでしたっけ、最後に暴力行為、メンタル弱いよね。
これで日本は決勝戦に進出、カタールとの対戦ですが、イラン戦が事実上の決勝ではと言われたが、ここで勝たねば今までの頑張りが生きて来ない。気を抜かずに戦って欲しい。

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2019年1月27日 (日)

e-Taxで確定申告

 e-Taxで医療費の還付申告をここ数年していますが、年に1回のことなので、そのセットアップにいつもてこずってしまいます。今日はその備忘録ということで
 マイナンバーカードを取得したのが2年前の画定申告の時で、それ以来、申告にはマイナンバーカードとカードリーダーが必要になるわけです。いつもそのセットアップにてこずります。私は、ソニーのパソリs-330のカードリーダーを使っておりますが、年に一回なので、デバイスのアップデートの処理をしなければならない。ソニーのフェリカのHPにとんで、新しいデバイスのアップデートはすんなりと出来ました。しかし、個人認証システムに接続しない。ネットでぐぐってみると、s-330は個人システム用に、PC/SCアクティベーター for Type Bというアプリをダウンロードしないといけないらしい。それをダウンロードして解決かと思ったら、今度は暗証番号でひっかかる。
暗証番号は2つあり、数字4桁と英数字組み合わせ6ケタ以上なのですが、英数が大文字なのですね。そこで戸惑う。それが分かると、あとは一気に完成へともっていきました。やはり、e-Taxはベンリですね。

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2019年1月17日 (木)

阪神大震災から24年

阪神大震災から、はや24年が過ぎました。東日本大震災は発生してもこの経験は決して風化していません、何故かというと、私自身が阪神大震災の被災者だったからです。。
 何故か、私も神戸には何の縁もゆかりも無かったのですが、リーマンの悲しいサガ。転勤を命じられ、神戸勤務しているさなか地震に遭遇してしまいました。 神戸勤務の間は、全くといっていいほどJには興味はありませんでした。さて、95年1月17日は、3連休明けだったと思います。前々日は、のんびりと吉川カントリーでゴルフをしていました。帰りの中国自動車道で夕焼けの色が、おかしいとかそんな会話をしていました。しかし、あんな地震が襲ってくる予兆なのかなとは、夢にも思いもよりませんでした。
 17日の午前5時46分に地震はやってきました。当時、私は兵庫県伊丹市の社宅に住んでいました。地震が起こった時は、当然寝ていましたが、気がついたのは音でした。ものすごい地鳴りが襲ってきて、その後物凄い揺れに襲われました。伊丹の社宅でしたので、最初は飛行機が墜落したのかなと思いました。その後は、何がなにか全くわからなくなりました。揺れがおさまって、一段落したところで、これは地震だったのだなとようやく気ずきました。
 しかし、しがないリーマンとしては、会社のことが心配でした。テレビを見ると、神戸市内は火事で大変なことになっておるようです。当然電車等の公共機関は止まっていたので、自家用車で神戸を目指しました。まずは、伊丹から南下して湾岸沿いのR43号を目指しました。R43号で武庫川をわたりましたが、R43号は通行不能になり、また北へ下りR2号をめざす。R43号を通行できなくなったのは当然ですよね、だって、そう上を高架で走っている阪神高速が倒壊してしまったから。後で現場を見ましたが、不謹慎ですが笑いしか起きませんでした。だって、誰が高速道路が倒壊することなど、想像できましたか? R2号も西宮を過ぎると、夙川あたりで動かなくなってしまい、一路さらに北へ。六麓荘あたりをとおり(六甲山の麓あたりは岩盤がしっかりしているようで、被害はあまり無かったようです)、なんとか元町のオフィスの到着したのは、3時ごろ。当然オフィスに到着してもやることは、何も無し。当日は、これにて解散。
 それからが、地獄でした。神戸から大阪方面へ移動できる道路はR2号だけで、そこに神戸を脱出する車が集中。翌日の朝になっても、芦屋川あたり。ガソリンを無くなってきてしまい、どうしよもなく中央分離帯の芝生地帯に車を乗り捨てることに。阪急が、西宮北口まで運転を再開したとのことで、約8キロくらい、歩って2時間くらいの距離を移動する。伊丹の社宅にたどりついたのは、翌日の午後5時でした。

 その教訓として、あのくらいの大地震が起こったら、会社に行くなんてことを考えたら駄目。まずは、家族の安全を確保して、次は地域の方々の安全の確保です。無理して、会社にいっても何もすることはありません。無理して、出勤して2次災害に遭遇する可能性もあります。絶対に無理はしてはいけません。

 また家族とも、災害が起こった時の対応について決めておく必要はありますね。当時は、携帯の出始めで固定電話も通じないが携帯は通じたという事象はおこった。携帯は、比較的楽に連絡とれた記憶がおります。しかし、現在ではそうもいかんでしょう、正月のハッピーニューイヤーで通じなくなってしまうくらいだから。
 とにかく、1社会人として、何をなさなくてはならないか。これを行動の基準にしておくべきです。会社に行くより、地域で災害にあい、救出を求めている人がいたら、まずは救出を最優先するべきです。それと、家族は一番大事にするべきです。あのような大災害が起こったら、絶対に会社なんかに出勤したらダメです。2次災害にあう危険もあるわけですから。実家の母親とは12時間近く連絡がとれず、その時のことは今でも責められます。またあの地震が2時間後だったらと思うとぞっとします。2時間後は通勤で三宮駅周辺にいましたので、まず命は無かったでしょう。

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2018年12月29日 (土)

父親の死

 最近、ブログの更新も浦和の試合も見に行くことができませんでした。原因は父親の死でした。満90歳でしたので、天寿を全うしたという言い方もできるのですが、ただ実際に親族を失うと分かってはいるが、なかなか現実としては受け入れがたいものがあるということを痛感しています。
 父親は、1年半前に肺に癌があることがわかりました。その時点では、治療法もあったのでしょうが、年も年なので治療はしないという選択をしました。父親が選んだ選択でしたので、それを尊重しました。そして、今年の9月の中旬に具合が悪くなり、がんセンターに入院することになりました。12年前にふとももの骨に癌がみつかり、その時はガンセンターで手術をしてもらい、幸いなことに転移はみつからずに、主治医からも緩解を告げられた後の、肺癌発覚でした。1度目は手術によっては癌は除去することはできたのですが、2度目は運を天に任せるつもりだったのかもしれません。
 日本の医療制度ですと、積極的に治療するならば病院に入院できるが、治療できない状態になると退院をうながされ、自宅療養になるわけです。自宅が無理ならば緩和ケアの病院に入ることになるわけです。
 父親はがんセンターに入院できたわけで、ガンセンターには緩和ケア病棟もありました。しかし、その後病状が悪化したらどうなるのか、そういうことはあまり深く考えないで、自宅の近くの病院に転院してしましました。
 そのときは、がんのステージ4の末期であることは告げられていました。余命は、「正月は迎えられるかもしれないが、来年の桜をみることはないでしょうと」ということで、家族もそれなりの覚悟はしていました。
 末期がんですと、進行を遅らす治療もないわけで、モルヒネによる痛みの緩和に移ってくるわけで、そうなると一般の病院に入院はできないことになります。緩和ケアにはいるか、自宅療養になるわけです。
父親も、10月の末に退院を促され、本人も自宅に帰りたいということで、自宅療養を選択しました。他人と同時に、在宅療養の主治医の選択、介護保険の申請、緩和ケア病院を探すをおこなったわけです。在宅療養の主治医は選択の余地があまりなく、えらんだ医者が全くひどい、自分の考えを一方的に押し付け来る、患者とその家族の立場に全然たってくれない医者でした。緩和ケア病院も自分が提携している病院を強引に押し付けてくる、だけどもベットが空いてないとなると、松戸の老人ホーム、あるいはNPO法人運営のケアハウスを紹介してくる。こちらの希望なんかまったくおかまいなしでした。そして、最初の診断で余命1か月と平気で言いやがる。実際はそうでしたが、家族のことを慮るとかそういう発想は全くないようでした。
 また介護保険を使うわけで、ケアマネジャーなるかたが選任されましたが、ケアマネの役割って何?特定の医療機関と業者の紹介者、ケアマネのなるようにしかならない」みたいな態度でこちらの思いによりそってはくれませんでした。
 結局緩和ケア病院に入るにもその医者の紹介状が必要になるわけで、なんとか家族で納得のいく緩和ケア病院を探し出し、入院の手続きをしましたが、結局はいるまでに2週間かかってしまいました。
 その間に父親の病状は悪化してゆき、肺から背骨にも転移してゆき、痛みとの闘いとなりました。モルヒネもだんだんと強いものになってゆき、最初は口から飲んでいたのですが、張り薬、座薬へと変わっていきました。薬が強くなれば痛みも和らぐわけですが、家族ともコミュニケーションも取りづらくなるわけです。自宅に帰ってきてからの2週間は本当に大変でした。私も会社を休み、母親と父親の介護しました。こうなってくと、肉体的にはもちろんのこと精神的にも非常につらいものがありました。正直言って緩和ケア病院に入院してほっとしました。
やっと入れた緩和ケア病院ですが、看護師の方々も非常に気が利く優しいかたが多い病院で安心しました。父親もリハビリも一生懸命にやっていました。しかし、入院して5日目に容体が急変、結局家族に看取られながら息をひきとりました。腎臓にも病を抱えており、最終的には腎機能が低下してしまったことが原因のようでした。
 今から思えば、癌の末期治療はどうなるのか、という予備知識が全くしてもっていなかったのでよくなかったですね。せっかくがんセンターに入院できていたわけで、そのままがんセンターの緩和ケア病棟にお世話になればよかったと思います。本人が自宅に戻りたいと言っていましたが、あれだけ体調が悪化してしまえばそれも関係ない、痛みをいかに和らげるかだと思います。もしも、もしも体調良い時があればその時外泊申請をすればよいわけで、父親の体調ばかりがきになってしまい、その周辺のことにあまり調査できなく、人任せになってしまったことが非常に心残りです。なくなって41日経ちますが、そのことが気にかかり、未だに無念の思いを引きづったままです。

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2018年10月20日 (土)

速報鹿島戦

これで今期の行方が決まってくる、ACL圏内に残るに勝たねばならない試合

スタメンは、

FWー興梠

MFー武藤、柏木、宇賀神。森脇、青木、長澤

DFー槙野、マウリシオ、岩波

GKー西川

サブは、福島、茂木、武冨、柴戸、阿部、ナバウト、李。橋岡、萩原はU20で欠場。森脇が久しぶりのスタメン。主審は、荒木。

前半、中断の間のトレーニング成果なのか、立ち上がりから浦和の攻めは小気味良い。前線で興梠がキープして、上がってきた森脇がシュート、武藤のトリッキーな動きからのシュート、中央でボールを繋いでの長澤のシュート、宇賀神クロスこらの興梠シュート。どれが入っていてもおかしくない。

ところが、鹿島にきっちりとワンチャンスを活かして、サイドに振って西が先制ゴールをあげる。いつも見たような風景です。

後半、浦和が見違えるように決定機を決める。CKから岩波がゲット。更に中央からドリブルで相手をかわして、武藤が見事なミドルを決める。

しかし、ここからは鹿島にボールをキープされて、決定機を再三作られたが、粘り強く守る。防戦一方にねるが、ナバウト、阿部、柴戸と入れて鹿島の攻撃を跳ね返す。最後は、逆襲がドリブル突破して鹿島の息の根を止める。まことに痛快な鹿狩りでした。

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2018年10月 9日 (火)

仙台戦

遅報になってしまいました仙台戦、まあ何と壮絶な肉弾戦となりましたね。主審のアレなのですが、これでは選手も厳しそう。仙台のほぼ半袖とも思えるチャージに対して余りに笛はならない。青木と興梠が痛んでしまいましたね。
試合的には、失点場面のセットプレーは何とか抑えようがあったような気がしないでもないです。
怪我人、そしてu19で選手のやりくりは厳しいと思います。ACL圏内を目指して是非とも最後の一踏ん張りを期待します。

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2018年10月 5日 (金)

TL40

TL40
とうとう最高レベルの、TL40に到達しました。最初は確か2年前のアウエー鹿島戦の並びの時に、暇つぶしに始めたのが最初でした。その後何故かはまってしまいました。カビゴンダッシュ、ラプラスダッシュようやりましたね。やっぱ一番は、ミニリュー狩りで不忍池に行ったことてますかね。横浜のリアルイベントは良かったです。ただし今年の横須賀はハズレでした。
今日からはレベル上げの事は気にせずマッタリとやります。サブアカウントを作るのはルール違反のようですが、やはり最近の友達システムを考えるとお得の様な気がします。実際、レイドで複数のデバイスを叩いているのが最近目につくようになりました。

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